そういう世の中の現実を知って、思い切っていままでとは違う世界に方向転換してみてはどうかという考えが頭をもたげてきたのです。
「そういうことはあえて突き詰めて考えてはこなかったが、これまでやってきた仕事は本当にやり甲斐や魅力に満ち溢れていたかと考えてみると、決してそうではなかったように思う。
精神的にハードな面もあったし、これから先のことを考えると、前職でやっていたように、不良品やクレームの発生にともなって、徹夜せざるを得ないような仕事は厳しいかもしれない」もう一度改めて自らの進路について考え直してみたとき、「このような職種企業」というふうに、具体的なイメージを持てたわけではありませんでしたが、「できれば、いままでよりも、人に優しい仕事がしたい」というふうに思ったといいます。
それは、「眉間にしわを寄せ、ときには胃が痛くなるような思いをしながらしていた」という品質管理の仕事が長かったせいもあるでしょう。
「介護の世界というのはどういうものだろうか」と興味を持ち、仕事の中身やそういったサービスを提供している企業や組織について調べはじめたのは、それからのことです。
ただ、そうした話を妻にすると、「老人介護というのは肉体労働で、腰などを痛める人が多い」と反対されてしまいました。
自分の身体のことを気遣ってくれてのことでしたから、そのときは福祉介護の分野という希望を封印し、改めてご自身が長く携わってきた品質管理の仕事ができる企業を探したといいます。
しかし、Fさんを待っていたのは現実の厳しい壁でした。
求人企業を自ら探し応募するという活動を続けましたが、募集人員枠一人に対し、応募者二0人、三0人というのはざらです。
「当初はすぐに見つかるだろうと高を括っていたんですがね。
ところが、一ヵ月経っても決まらない。
こんなはずでは……と思ってやっても、焦りばかりが先だって、なかなか吉報は入らない。
あっという間にずるずると三ヵ月が経過してしまいました。
『本当に自分は再就職ができるだろうか』と不安なまま年末年始を過ごしたことを覚えています。
せっかくの正月も笑顔でいることができなかった」そのころになると、Fさんは世間体を気にするようにもなっていたといいます。
「会社勤めをしていたときは休日には散歩したりしていたのですが、会社を辞めてからは、まったくしなくなりました。
知らず知らずのうちに、昼間はできるだけ家のなかにいて他人の目には触れないような生活になっていくのです」後で聞いたところによると、隣近所には「定年で会社を辞めた」と妻はいっていたそうです。
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